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綴る毎日

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音楽の事、成功の為の原理原則など、日々学んだ事・気付いた事を整理しアウトプットしています。 お役に立てそうな情報は持って帰って下さいね( ・ω・)ノ 連絡先→rustlex385@gmail.com

トレーニングとレッスンについて

最近改めて、かなり専門的に、がっつりと音楽の基礎練を始めました。
今日になって三日目になりますが、
色々な事を感じ始めています。

作曲の基礎練というと、一体それは何ぞや?という事になるかと思うのですが
基本的には、作曲をする時に使う知識や思考回路をより高速化する作業と言えるかも知れません。

今取り組んでいるのは、主に和音の事ですが
本当に初歩的な事で、
一つの調性が持っている固有和音・借用和音の全ての可能性を、
12調で弾ける様にしたり、それぞれの調ではどんな音の組み合わせになるのかを
覚えたりする作業です。

これをやっていると、色々な事に気付きます。

一つは、人の脳の情報処理の仕方は一つだけではないという事です。

というのも、かなり専門的な話になってしまいますが
全ての和音をC→G→D→A→E→B(H)→G♭→D♭→A♭→E♭→B♭→Fと
キーを一周して弾いていくと、
脳がその一つ一つの音に対してどんな情報処理をしているかというのが
同じ音に対してでも、意識の向け方で全然変わってくるのです。

例えば、

ある時は視覚的に、「GメジャーキーのVI7はE7を弾いている」という様な
「ある調のこの和音はこの鍵盤の組み合わせになる」という情報であったり、
(鍵盤を弾いている場合、手の形や触感として、触覚も使われていますね)

ある時は言語情報的に、「GメジャーキーのVI7はE7になる」という様な
「ある調のこの和音はこのコードネームになる」という情報であったり、

ある時は聴覚情報的に、「VI7の音はこんな響きになる(絶対音で言えば、GメジャーキーのVI7はこんな音でこんな響きになるという感覚ですね)」という様な
「ある和音はこの様な響きに感じる」という情報であったり

五感を通して様々な情報を処理しているわけです。

この事から、脳は一つの事に対して、意識の向け方によって、様々な情報処理の仕方をしている事が考えられます。

元々和音とは非常に複雑な解釈が要求されるものだったりしまして
一つの音の塊を取っても、その情報を処理する方法は多岐に渡ります。

だからこそ、記憶したり情報同士が関連付けやすくなる、というメリットも有るのですが
練習する時は、一体どの情報処理の仕方にフォーカスをしたら良いのか迷ったり
固有和音+借用和音*12調で計算すると300通りくらいの和音を弾くことになるので
練習し始めから終わりまでに要する時間量が多く、余り一環した良いトレーニングがし難いというデメリットも有ります。


個人的に感じるのは
効果的なトレーニングには常に目的が重要だという事です。

『どんな能力を身に付けたくて、これを行うのか』
『これを行う事で、どんな事が出来る様になるのか』

それが明確だと、トレーニングの内容ややり方、情報の捉え方にも優劣が付けられる状態になります。

しかし、逆に、
『目的を見付けるまではトレーニングしてはならない』という発想で凝り固まると
自分の想像力の範囲内でしか、トレーニングが出来なくなります。
つまり偶然の産物の可能性を全て潰してしまう事になります。

知的好奇心の探求という形で、色々なトレーニングを試してみたり
色々な音を弾いてみたり書いてみたりという機会を逸してしまい
結果的には極めてオリジナリティの薄い音楽的能力になってしまう可能性が有ると思います。

ですので、難しいです。

しかし、あくまでも
「効果的なトレーニング」という事で考えるならば
やはり「何を得たいのか、どんな事が出来る様になりたいのか、どんな能力を身に付けたいのか」という目的を明確にする事は必須です。

トレーニングに関しては、そんな事を感じるわけです。


最近、
楽典、和声、コード理論などの音楽理論や作曲のレッスンを始めましたが
その中で思うのは、やはりレッスンをする上で一番重要なのは、
生徒がどんな結果を求めているのか、何が出来る様になる事を求めているのかを把握する事だという事です。

受験なら志望校の合格かもしれないし、
受験でも、その生徒が持っている将来の願望、将来の成りたい姿というのは
非常に重要だと思います。

受験でなくとも、
音楽を仕事にしていきたいなら、
どんな仕事をしたいのか、どんな音楽を作りたいのか、演奏したいのかという事を把握しない限りは、効果的なトレーニング方法を考える事が出来ない。


レッスンの場合は、特に「効果的なトレーニング」を求めていく姿勢は重要だと思います。
何故ならば、レッスンの価値は、
それを通して一定のレベルへ、極めて速いスピードで到達出来る事だと考えるからです。
もしくは、放っておいたら身に付かない能力への扉を開く事が出来る事。

勿論副次的な産物は沢山有るかも知れませんが、
本分としては、そういう事だと思います。


本質的には、全ての事は、独学で習得出来ると私は考えています。
時間を投入し、学び、研究し、試行錯誤して行く事で
必ずその能力は伸びていきますし、独学で到達する事は可能だと思う。

けれども、
自分が出来る様になりたい事が既に出来ている人物もしくは、
速く出来るようになる方法を知っていて、適切に指導出来る人物が居る場合
出来るようになりたい事が出来る様になるまでの時間は著しく短縮されます。

更に、
独学でやっている状態の時、またはその分野についての情報が少ない状態の時には
中々辿り着けない視点や考え方が有ったりする

それが得られる事で、習得や上達までの時間は著しく短縮される

これが、レッスンの価値なのではないかなと感じます。


後、やっぱり大切なのは
生徒がやりたいと感じる環境を整える事ですね。
それは学習の仕組みで有ったり、コミュニケーションで有ったりするかと思いますが
一番の根本は、生徒の願望は何なのか、沢山聞き出してあげて、共有する事だと思います。

脳の働き的に、人は願望に向かってしか行動しない事が解っています。

レッスンが願望に入っていなかったらレッスンを続けたいとは思わないし、
練習が願望に入っていなかったら練習はしないと思う。
先生が願望に入っていなかったら、先生の指導も効果は半減するでしょう。

生徒自身の願望に何が入っているかが分からなければ
レッスンや練習内容を願望に入れてもらう事は難しいでしょう。
結果的に、レッスンや練習から得られる学習効果は半減するわけです。

その部分のバランスは
常に気を配る必要が有ると思っています。

教育そのものの質の高さと
講師⇔生徒間の人間関係とコミュニケーションの質の高さは
両者とも両立して築かれるべきだと思っています。


単なる機械に情報を覚えこませる作業ではなくて
人と人の繋がりの中で技術を学んでいくわけなので
その人の人生の中でそれがどう役立っていくのか、
その人は最終的に何を求めていて、どうなりたいのか、
その人は今、どんな状態なのか
しっかりと寄り添う形で関わっていく事が大切なのではないですかね

色々な事をお考えになる方は居らっしゃいますが、
私はそんなレッスンをしたいと、常々思います。


トレーニングの話から飛躍してしまいましたが、、
色々と考えつつの、アウトプットでした。
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by prerustle | 2014-06-20 02:29 | 音楽関連のアウトプット