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カテゴリ:身の回りのこと
  • 起きた時にやる気が最悪な時は
    [ 2011-12-21 00:34 ]
  • 心の癖を修正する
    [ 2011-12-14 04:47 ]
  • 一つ一つ駄目な事を丁寧に直して行く
    [ 2011-12-13 06:45 ]
  • 社会的な交流と頭の回転の大切な関係性について
    [ 2011-12-09 16:48 ]
起きた時にやる気が最悪な時は
むん。

相変わらず上り下りの有る日々ですけれど、
ひとまず、どんなに小さくても少しだけ前に進むルールにしてやってます。
するとその日の終わりに、停滞感に頭を抱える事は避けられます。

やる気が有ってもやり方が解らなかったりするとどうしようもないので
そんな時はやっぱり自分の状態を紙に書き出してしまって、
方向性と方法論を掴んで一つずつ進めていくのが良いのかも知れませんね。

中にはどうしてもやりたくないこと、考えたくないこと、
そんな事が出てくると思うんですけれども
どちらにしろ、大概はやるしかないわけで、
早ければ早いほど良かったりするので
そんな時は自分の中で少しずつ気持ちを盛り上げて行って、気分がある程度の所まで来たら一気にやってしまうのがいいと思う。

卑屈になると自分のモチベーションを下げて行くので避けた方が良いです。
また、全てを気の向くままにすると、モチベーションが上がらない時に何も出来なくなるので、それも避けた方が良いです。

気分が悪くても、
そこからの過ごし方で、一日のうちにモチベーションを上げることは可能なので
それを忘れずに盛り上げていく事が大事ですね。

昔気を付けてたことの一つに、
苦手な人と会う前には事前に自分の気持ちを盛り上げていくと言うことがあり
そうする事で、大抵の苦手意識は吹っ飛ぶし、気持ちも切り替えやすくなる。

相手が人なのか物事なのかの違いなだけで、
根本は同じだと思います。

どうせやるなら嫌な気持ちの中で耐えるより
気分を盛り上げて臨んだ方が良いですね。


それともう一つ、『作業興奮』という現象が有りまして
それは何かというと、何か作業を始めて継続して行く事で
徐々に脳のやる気に関するスイッチが刺激されて行く現象です。
これは科学的にも立証されている様です。

始めてみたら案外楽しかったとか、
始めてみたら案外やめられなくなったとか
そういう経験って有りませんか?私は結構有ります。

そういったものを利用してでもいいから、進めていけるといいですね。

ともかくどんなに気分が低くても、どうにか対抗出来る方法というものは
自分本位で仕事や生活が循環していく環境で有るならば身に付けておきたいものだと思います。
by prerustle | 2011-12-21 00:34 | 身の回りのこと | Trackback | Comments(0)
心の癖を修正する
私には尊敬する人が沢山居て、感謝する人が沢山居て
いつか恩返ししたいだとか、追い付きたいと言う気持ちが沢山有って
そういった気持ちと、思う様に行かない現実とのギャップがまま有りまして。

それとは別に、そういう事を忘れてしまったり
自分自身が惰性に負けてしまったり
気付けば皆、随分と見えない所まで走って行っちゃったなあと
そんな事を、ふと考える。

この一年、本当に色んな事にヤキモキさせられて
実質は物凄く鈍い活動でもあったんですけれど
自分の出来る可能性のうち、色んな事を燻らせていたなあと
そんな事を思うです。

歩みとは不思議な物で
進んで行く過程過程で想定していなかった人間関係が出来たりで
どんどんと、尊敬する人だとか、大好きになれる人が増えてゆく。

その中で、いつまでも認められていたい、とか
そんな事を考えてしまうと、
私みたいに、常に受け入られられるのかどうかビクビクしている様な人間には、心の距離を取ってしまって悲しい感じになってしまう事も有ったりします。


んー。
昨日、身の回りに起こっている事を色々整理して考えて
今の自分に必要なものを用意したり、
逆に必要じゃないものを整理したりとか
そんな事をしつつ、これから再び再スタート切って行けたらなあとか
そんな事を思ってました。

その中で、これからの事を考えた時
随分自分の中で、足踏みをしてしまった感と、勘が鈍ってる感が有り
その部分に加え、並走してた人達に置いて行かれている様な気分になったりと、そういう事が多々なんですが、一体全体こういう気持ちとどう戦っていけば良いかなあと。

客観的に考えれば、
まずその道でやって行くことは大前提なわけだから
やるかやらないかで問えば、やるしか選択肢がないのが当然なわけで
後を追い掛けるしかない事が解っているのですが
置いて行かれてしまっている現実を自分の中でどう受け止め
どうモチベーションに影響させて行くか、ということがとても重要かなーと思う。

今年一年の間で、大分悪い癖が付いたなーと思う所が沢山有りまして
それは、具体的に言うと、大半の部分がサボりぐせです。

昔はどんなに小さな事でも、
面倒くさいからといって投げ出さなかったし、最後まで処理してたんですが
有る時を境に、「少し手間を省こう」という意識がどんどん肥大化して来て
終いには、面倒くさい事に手を加えたく無くなったり、さして面倒くさくない事にも面倒くさいと感じる様になってしまいました。

これは私の価値観から言うとかなり危険な事で
それは何故かと言うと、
物事を成功させるには、「やるか」「やらないか」の部分において
「やる」を選択するしかないからということが解っているからです。
それも、丁寧にやらなければいけないわけで
丁寧にやらないという事は、何を何のためにやっているのか認識出来ない事にほぼ同義なので、意味が無いという事です。

通常、「努力」と呼ばれている事で、物事は達成されると思います。
例えば、
音楽的な部分で並走していた人達に置いて行かれた、と感じている要素は
後から爆発的な推進力を持って、追いついて行く、追い抜いて行く事で達成されます。

そうなった時、まず考えなければいけないのは
他人が前に進んでいない時間に前に進む事だったりで
これは他人本位の考え方なので余り健全ではないですが
つまり、自分が追い抜かれて行った時の逆をすれば良いわけです。

その行為自体は「研究」と「練習」、そして「実践」という事になりますが
それを続けると言う事はつまり、『面倒くさい事をする』、ということですね。

私は学生時代、自分の音楽的能力に物凄くコンプレックスが有ったため
どうにかしてそのコンプレックスを埋めようと、人一倍勉強してた気がします。
そこで、まず根本においた考え方が、「他人が休んでいる時にこそ前に進む」理論でした。

他人が走っている時に自分が走っていても
その差は余り埋まることは無いんですよね。
勿論、自分の速度と他人の速度に違いこそ有れば、
並走していても少しずつ距離は縮まって行くかもしれないのですけれど
それよりも、片方が止まっている状態の時に、片方が走って行った方が
大きな差が生まれます。

なので、私が一番手強いなーと思った
殆どの時間を前進する事に使うタイプの人間で
そういう人は中々追い付けないし、追い付いたとしても油断するとすぐ引き離される。

加えて走り始めの時点で既に差が付いていたら大変な事で
実際にそういう人が居たんですけれども
その人は本当に追い付けないし、追い越せない。

まあそんな勘定で考えたりしていると
今年の様な自分を燻らせた年は
自分にとって、かなり遅れを取ってしまった年だったりで
音楽の分野に於いて、どんどんと進歩して行かなければいけないのに
かつて一緒に走っていた人が既にはるか前に居ることは、
上手く自分の中で対抗心としてモチベーションに変えて行かないと
物凄く萎える事にも繋がりかねないので、その辺は注意したいなーと思う。

いやー、実際
やると決めた分野で差を付けられて
その事実に萎えてもしょうがないんですよ。
だって、差を付けられて、そこから抜け出すには
選択肢として、『やめて別の事にする』か『追い抜く』かしかないんですから。

要するに、萎えてる時間そのものが追い抜かれる切っ掛けになるわけで
そんな時間ですら、どんどん見えない所まで走り抜かれてしまうわけで。

別に日常的に、誰彼にライバル心燃やしていたりとか
追い抜かれたちくしょう、とか、そんな事を思ってるわけじゃないんですが
まあ、性格的には負けず嫌いと言うのもあるだろうし、
これから始めて行く時
自分が感じている大きな差を前にして、それを乗り越えていくには
それなりの覚悟が必要だと思うので、こういう事はやっぱり考えざるを得ないw

まあ、難しいですね。
どんな物事も、自分の感情と理性とのせめぎあいですから。
人間関係に於いては感情を考慮しないとえらい事になったりしますが
自分一人で居る時は、少なくとも物事を判断する際に理性で決定できる様にしたいものです。

ともかく、大分サボり癖が付いている感じで
色んな事に面倒くさいと感じる様になっていると
全ての事を中途半端にしてしまうという結果を招くので
その辺直して行かないといけませんね。

一つの事に丁寧に時間を掛けて、それなりの結果を出すと
その結果から良い効果が生み出されたり、良い条件になったりして
他の事に取り組む際、ちょっとだけ、楽な所から進められる事は良く有る事です。

これは私の中で「正のサイクル」だとか、「生産性のサイクル」だと考えていて
始まりは手間だけど、一つ一つを大事にして行く事で相乗効果が生まれる
いい状態だったりします。

その逆が、「負のサイクル」だとか、「非生産性のサイクル」で
いつまでも中途半端で時間だけが過ぎてゆく
いわゆる「悪循環」という状態です。

「面倒くさい」と思うのは、もはや「心の癖」です。
この癖を直して行く為には、「面倒くさい」事をやる、と言うことに慣れていかなければなりません。

そう考えると、多少なりとも時間が掛かる選択でも
「時間を掛ける意味」と言うのは十分に有るし
悪い癖は、自分の中で価値観を変えて行く事で乗り越えていけるのかもしれない。

私が今一番しなければいけない事は
中途半端になっているあらゆる事と、そしてこれから触れて行く事に対して
丁寧に時間を使って、物にして行くやり方に慣れる事ですね。
ちょっと時間が掛かるやり方でも、完全になるまでやる。二度手間にしない。
この世の中でとても大切な事は、『自分の頭で確認する事』です。
自分の中に持っている心の癖を一つ一つ丁寧に確認して修正して行く、そんな意識を持つ事が大切です。

(でも)これって多分どんな人にも言える事だと思うので
皆さんの考える切っ掛けになったりすれば、なお嬉しいなと思います。
共感される方が居らっしゃれば、一緒に頑張りましょう。
by prerustle | 2011-12-14 04:47 | 身の回りのこと | Trackback | Comments(0)
一つ一つ駄目な事を丁寧に直して行く
んー。

ちょっと日々悪い方向に進んでる感が凄くしますな。
そもそも毎日反省出来てない事が多くて
悪い事を繰り返す感じ。
行動に無駄が多いのだけれど、
それを上手く修正出来なくて繰り返してます。。

色々な失敗を修正し続けられていても
ローテーションで一番古くに対処した事から失敗を繰り返す感じで
非常に良くない状態ですなあ。

思うに、やっぱり意識的に悪い物を押さえ込むと言うよりも
生活の中でそれが引き起こされない様な流れを作っていくしかないぽいんですよね。

ただ、ちょっと今日常生活の中で余りにストレスを感じることが多くて
一つ一つの事が冷静になり切れなくて結局燃費の悪い気分転換方を選んだりして時間を無駄に過ごす繰り返しになっている感じが有ります。


むー。
しかし何と言いますか
一度位は上手く転がっていくサイクルの中で回って行けてたっぽいんですけど
次第にそこから抜け出して、
今度は中々抜け出すのが大変&良いサイクルに戻るのに少し頑張らないといけない所に入り込んでしまったかなーと言う感じ。

やっぱり悪い癖を繰り返しつつそれに気付けない事が多いので
その日その日を反省する作業と言うのは必要だと思うんですが
時間が掛かるといっても30分~1時間程度の事なので
多分無理が有ることではないと思うのですよね。
ともかく、頭の中で考えると言う事が難しくなってきているので
ブログなり手書きなりなんでも良いんですが、
やっぱり書き出すことで整理して行くのが良いかな。


まあ、毎度毎度、悪い所を抜け出せば気付く事なんですけれども
その時その時の状態って、永遠に続くわけではなく
プラスにもマイナスにも変わって行く事でも有るので
今が余りにも良くない状況だったとしても、余り絶望し過ぎない事が大切かな。

そして、どちらにせよ
良い方向へと転がっていく選択を取り続けないと良い方には向かって行かないわけで、そこはやっぱり自分の意思で切り開いていくしかないよなあ。

今結構あれ考えてこれ考えてが分散してしまって
結局大事な所に結びつかないうちにうやむやになってしまっているので
その辺をどうにかしたいかな。

こういう時って気持ち焦って色んな事が見えなくなるんですけれど
基本落ち着いて丁寧に進めて行って、中途半端にしなければ
一つずつ結果が出てきていいサイクルが生まれてくると思うんですよね。

一番良くないのは途中まで進めたけれどどこかで止まって
間空いて、また振り出しからやり直す、っていう流れを繰り返すことだったりで
今の自分の環境的に、同時的に色んな事に悩まされる事が多い上に
最終的には音楽の事に収束するはずなのに、それ以外の事に手を焼いている状態が大分ストレスだったり、自分の不甲斐なさや家族のトラブルで足踏みするストレスが大分堪えているのでそういう時こそ投げ槍にならずに冷静に動いて行きたいかな。。

まあ解ったのは
なるべくトラブルの元になる家の人達とは接触を避けた方が良いって事ですかなあ。。

一人で居るとどうしても寂しくなったり辛くなったりするんですが
その時に身内に頼ってしまうと
元々の相性や価値観が違う分、結局自分のストレスに結びついてしまうんですよな。

一刻は良かったりするんですけれど
基本的に甘々だったり今が良ければいいや思考で飲み込んでくるので
そこにどっぷり浸かると自分の為にならなかったり。。

そろそろ客観的に見て色々やばい感じでもあるので
自分のケツ叩いて行かないといけない感じでもあるのと
逆に考えると危機感感じ切れてなくて甘えちゃってる自分も居るかな。。

まあとにかく、やっぱ反省をして駄目な日々を修正して行った方が良いので、ちょっとなるべく日記書ける様にしようかな。

Twitterを始めた事と大分プライベートな事を書くようになったことで
このブログも色んな人が見に来るようになりまして
そろそろ書く時に色んな事を気にするようになってしまっているので
何かその辺もどうにか折り合い付けられる方法考えたいよなあという感じ。

ともかく今はやらなきゃいけないこと沢山有るんですが甘えてる感じですね。
自分をもっと焦られなきゃいけないという事と
物事は手を付けないと進んで行かないと言う当たり前の事実を自覚するべきかな。。

もうほんと、
今ぐちゃぐちゃな頭の中をひたすら書き出してるので酷い文章ですけれど、まあ今はそんな感じですw

何か凄い色々遅れ取っちゃってるけど、一つ一つやっていきましょ。
by prerustle | 2011-12-13 06:45 | 身の回りのこと | Trackback | Comments(0)
社会的な交流と頭の回転の大切な関係性について
んー。

卒業してほぼ一年になりますけれど
大学四年生になった辺りから、
ずいぶん頭の働きが悪くなってるなあと思ってたんですが
どうもその原因の一つが人と接してる時間がどれだけ有るかどうかに関わっている気がしてきました。

というのも、
頭の中身を整理するという事一つ取っても
言葉にする事や、確認する(見直す)事、
書き留めたりする事全てが他人との関わり合いの中で自然と行われていくので
その部分が欠けるとその分だけ頭が衰えて行ってしまうのかなーとか思うわけです。

それを感じるのが、まさに現時点としての今の私なのですが
慢性的に頭の働きが不自由している時だったり、
逆に外に出て何かについて話し合う中で頭の調子が良くなったりしている時で、これが結構ヒントになる瞬間にだったりするわけです。

これって癖や習慣に近いものがあると思うんですが
生活の中で繰り返し触れなきゃいけない事が有ったり
やらなきゃいけない事、済ませておかないといけない事が有ると
上記の通り、結構意識しない中でそれが自分の頭を活性化或いは維持する為に機能するケースになってたりするんですよね。

こういうことを考えるのも、今一番それに苦しんでいるからであって
更にそうしたことが中々改善されないままイタチごっこになって苦しんでいるからなんですよね。

そしてそこを脱却する為には
(たとえその部分の為だけだったとしても)ある程度の社会との関わりと言うものは有った方が賢い選択なのかなーと思う。

要するに何か仕方なくやっている中で
本当は自分が気付かないうちに頭の体操になっている事が随分有って
もし、仮にそういった「仕方なく~」の部分をやらなくて済む環境に居たとしても
ある程度自分からそう言う環境は保持しておかないと逆にマイナスに働いてしまうって事なのかもしれませんね。

実は今までこういった事って身体に染み付いて離れないものだと思ってたんですが
それは甘い考えで、
結構保持するために頭を使っている状態が続いてないと
意外と出来なくなってしまう要素なのかもしれません。

結論から言えば、
傍から見れば物理的には篭って好きなことばかりやっててもOKな状態でも
あえて自分の(専門的な)分野以外の部分でも社会との関わりを保っていないとあらゆる面で思考能力が弱体化していって結果的に自分の首を絞める事に繋がるという事ですね。


今本当に困っているのは、
頭が働かないと言う事もそうなんですが、
考える速さや理解の速度が著しく遅くてですね
物凄く燃費の悪い働き方をしてるっぽいので
スピードと理解力の面で他人とのコミュニケーションの際に他人のペースに合わせて進めて行けないw

他人と関わる上で他人のペースに合わせられないと言うのは致命的な話で
例えば纏まった時間で会話したり打ち合わせをするとしても
こちら側が最低限相手のペースに合わせられないと、(恥ずかしい話ですが)会話の内容を自分の中で理解出来なくて、その時間の意味が薄れて行ってしまうばかりか執拗に確認し続けると相手に不快感を与えることにもなりかねないので非常に厳しい条件なんですよね。
(まあ不快感を与える事を避けて理解出来ないまま進めるとトラブルを引き起こす危険性も有るので、そうなるとそこはやはりどこまで理解出来ていてどう進んでいくのかをお互いが正しく認識出来ている状態に持って行かないといけないと思うのですが・・。)

この記事で自分の頭の中身を展開して説明することは
時間的な制限が無い中で丁寧に纏めれば他人と共有出来る水準で説明出来ますが、
他人と会話するケースで論理展開して行くと、途中で話を挟まれたり意図とは違った例を挙げられたりと色んな事が起こるので、余程相手が自分のペースに合わせる気がない限りこちら側の意図を共有するのは困難になってしまうのですよな。

それは実際自分が相手のペースに合わせる余裕が有るのか相手が自分のペースに合わせる余裕が有るのか、そういった兼ね合いで変わって来る事だったりするんですが、
少なくともこちら側から用意出来る事は、相手のペースに合わせるしかなくなった場合にどう対応して行くかを磨いてゆく事しか出来ないわけで、基本的にはそういうスタンスで構えてないといつまでも無駄な時間を過ごす事を避けられないんですよね。

実際きちんと筋の通った文章を書く際
例えばこの記事を書く時なんかも、
今はかなり頭の働きが遅いと感じているし、実際そうだと思うので
書いた後に時間を掛けて検証しながら修正して作業を繰り返した末の結果だったりするわけです。

リアルタイムな対話の場合はその作業が不可能なので
どうしても相手のペースに巻き込まれたが為に自分の意図が伝わり切らないまま終わってしまう事の連続になってしまうのですね。

要するに基本的な思考プロセスが、「考えた(書いた)ものを検証する→他人にも理解してもらう為の形に置き換える」という流れを踏んでいるので、それがリアルタイムな対話だと追い付かないんですよね。
だからその部分をどうにかしたいなーと思うw

まあ多分そういった事って
検証しながら丁寧に結論付ける事は一人でも出来ますけれど
リアルタイムで意思疎通するというのは他者が居ないと出来ない事なので
そういった事が日常的に欠落すると、どんどん悪くなって行くんじゃないかなーと思う。
だから、最初の話に戻ってしまいますが、
一見どんなに必要性がなさそうに見えても、専門的な事とは別に社会的な関わりをキープしておかないと不味いと言う事になってしまいますね。
これは結構今の世の中の色んな例がその結果を表してたりすることでも有るなあと思う。

と言いますのも、
情報化社会になってきた反面
前と比べて自分一人で居る時間が長くなっても成り立つ様になってしまったので
皮肉にもその部分が衰えやすい傾向に有るんじゃないかなーと思うわけです。
私自身もその典型的な一環だと思う。

今日は不動産物件の内見に行く際父にも付き合ってもらって
その時などに色々な話をしたんですが、そういった事を凄く感じる切っ掛けになりました。


まあ常識的な観点から見て、
自分の方が随分社会的な枠組みの中から脱却してしまっているので
その辺をどうにかして穴埋めして行かないといけないかなーと、そんなことを思いました。

まー、難しいですね。
実際問題こういう事って教訓としては残るけれど
生活している時には考慮し難い部分でもあるので
ちょっと自分の環境がそういった部分を欠落してしまう事になると
それに気付けない場合どんどん泥沼にはまっていくことになってしまうっぽいw

大学四年になるまではまだ良かったんですが
四年になって卒業制作が始まってからは殆ど個人作業になってしまったので
そういった、他人と接することで頭の働きを潤してた部分がモロに欠落してしまったと思うのです。

卒業してからも、
他人と会話したり共同作業をする事に対しての強制力が働く事は殆ど無くなったので、そのツケがかなり回ってきているのかもしれません。

これに関してはずーっと困っていたことで
抜け出すためのいい方法を中々考えられなかったので
ちょっと気付けるいい機会になったかなーと思う。
と同時に、今後また陥りそうな時に予防出来るといいなーと思う事ですね。

物事って手間を掛けないと崩壊することが沢山あって
ちょっと面倒くさいからといって、手間を省くと中途半端になってしまったりとんでもない事になってしまったりするので気を付けないとなあと痛感させられた日でした。

まあそういった意味での環境も整えると共に
少しずつリハビリしつつきちんと考えないと忘れちゃう様な事を整理したりする時間っていうのは、生活の中で作って行かないといけませんね。
結構真剣に考えてないと恐ろしいことになるので、気を付けましょう。

ほんとにただ自分の頭の中整理するだけの文章になっちゃってごめんなさいw
結構面倒くさい事だけど自分の事だから頑張りましょ。
by prerustle | 2011-12-09 16:48 | 身の回りのこと | Trackback | Comments(0)



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